いなべの歴史

人の一生 結婚

成人式が済むと、男女とも結婚の話が出始めます。親は子が適齢期になると知人などに依頼し、紹介してもらいます。その人に下仲人(したなこうど)(“ねどり”ともいう)を依頼します。下仲人はなかに入って双方へ足を運び、話を進め、双方合意すれば、正式に仲人を立て結納を交わし、後日結婚式が華やかに式場で行われます。俗に「見合結婚」といいます。
江戸時代、寺や庄屋さんが現在の役所的な仕事の一部をしていたという証拠の資料として、嫁入りなどの『送り状』が残されています。具体的には、庄屋さんから庄屋さんへ、寺から寺へ、寺から寺への確認返事の書類3通セットが必要だったようです。嫁入りも、寺や旧家では駕籠(かご)や人力車なども使われたようです。

下仲人と仲人

下仲人は両家の取り持ち役で、(かね)のわらじが磨り減るほどという言葉があるくらい、先方の家に掛け合いに出かけ「お受けする」という了解が得られ、貰い方が正式の仲人(媒酌人)を立て、結納を交わすまでの役で結婚の功労者です。まとまるよううまく話をするので、俗に“仲人口”といいます。恋愛結婚の場合も下仲人は、足を運ばないといけないそうです。仲人は仲人親ともいい、結納の儀から後の一切を世話する大役で、以前は家筋の人が引き受けました。家筋や血縁以外の者はなれないというところもありました。今では、恩師、勤務先の上司、土地の有力者に頼むことが多くなりました。“一生に一度は仲人をするもの”という言い伝えがあります。(自分たちもお世話になったのだから恩返しをするという意味らしい) 

結婚と結納

話がまとまると、大安吉日を選んで仲人・下仲人が小袖料(結納金)と酒肴料を先方に届けます。名古屋市やこの北勢地方は、日本一派手なところといわれています。結納の「結」は、結ぶ、すなわち契約の意味で「納」は、この契約を受けてくださいという意味です。結婚式の前日または、2~3日前、仲人の夫人は下駄、傘を新婦の家に持参します。これを「迎下駄(むかえげた)の儀」または「襟あわせの儀」といいます。下駄・傘を届けるのは「雨が降っても来てください」という意味があります。襟あわせとは調度品の確認をすることと、ともに婦人の初顔合わせでした。(昔は結婚式に婦人は参列しなかったからだそう)

出立(いでた)

今は式場に直接赴き、たくさんの人が一度に済ますことができるのでなくなりましたが、新婦側は前日に「女ヨビ」といって友達を招き、ご馳走をしていました。自宅で式を挙げる場合、新郎側は当日の昼に「ヒルヨビ」または平善といって近隣や、新客の席に着かない人を新婦が着くまでに招待しました。新婦側は時間がくると、嫁はまず家の仏壇、家族に別れを告げます。家をでる時は、座敷から出て出発します。出発する前に今まで使っていた茶碗を割るところもあります。(嫁入りしたからには帰りません。との意味だそう)

結婚式

結婚式当日は両家とも多忙を極めます。当日の式の順序や挙式の方法などは、土地土地の習慣で異なります。今でも見られるものに「嫁入りは仏壇から仏壇へ」といわれ、新婦は式場に行くまでに婚家の仏壇に「今日からこの家の嫁です」と祖先にお参りします。この時は座敷から入り、待女(まちじょ)(待ち女郎ともいう)が(かど)先で迎えます。新婦が祖先にお参りして納戸に入ると、お嫁さんの土産として準備された菓子を見物の人たちに投げ(配り)ます。

迎えの儀

婚礼の時、親せきの男の人が村はずれまで出迎えにきます。自動車が利用されるようになると道路まで家紋の入った弓張提灯を持って出迎えます。門先には、待女が迎えます。待女は新婦に付き添って家に入り、式場で世話をする女の人で親せきの2人が受け持つ大役です。最近では、美容師が世話をするので形式的に出迎えするだけになりました。

宮と寺参り 里帰り

結婚式の翌朝、花嫁は「新郎の母」に連れられて氏神や、菩提寺へお参りをします。(最近は式場から新婚旅行に出かけるので、旅行から帰った翌日)
宮・寺参りは新婦が嫁いできたことを、神佛に報告するもので、そのときに白米一升を持参します。「一生をお願いします」という意味です。お寺参りが済むと「里がえり(かよい)」といって、新郎の母に連れられて実家へ里帰りします。婚家へ帰るときは、実家の母が送ってきて、近所・親せきへ挨拶まわりをします。「かよい」とは、婚家となったことを、里の親に報告するために帰ることをいいます。

新客

新郎の家で式をあげる頃、結婚によって新しく親せきとなる家が両家から出て式を始めます。これを「新客」といいました。仲人または双方の代表が互いに続柄などを紹介して親せきになることを確認しました。最近では、結婚式場で親族紹介の儀があるので、新客という言葉は聞かれなくなりました。

あしいれ

婚約成立後、婿方の方で急に女手が必要となった時や、毛根式の準備が都合で遅れる場合などに挙式前に内輪の者で仮祝言をして婿方の家に入ることがありました。これを「足入れ」といいました。その頃は、結婚しても子どもができるまでは入籍しませんでした。「結婚して子なきは去る」との語源にもなりました。

(まないた)洗い

結婚式の翌日、結婚式に招かれなかった友人・隣人を招き酒肴を振舞いました。昔は前日の残り物でご馳走したのでこの名でした。訛って俎板ばらいといったようです。
最近は式場に招かれるので見られなくなりました。

嫁よび

「嫁さんよび」といって、近親の家は新郎・新婦を家に招待し、ご馳走してこれからの親睦を図ろうとするものです。昔は新郎の母とともに出かけ、五目飯に一汁一菜ほどのご馳走をいただきました。なかには報恩講の佛事に一緒に嫁予備をする家もありました。(その頃の報恩講は精進料理といって、魚・肉なしの料理でした。お嫁さんの膳もそれにならって魚・肉なしでした)

江戸時代、寺や庄屋さんが現在の役所的な仕事の一部をしていたという証拠の資料として、嫁入りなどの『送り状』が残されています。
具体的には、庄屋さんから庄屋さんへ、寺から寺へ、寺から寺への確認返事の書類3通セットが必要だったようです。

嫁入りも、寺や旧家では駕籠(かご)や人力車なども使われたようです。

現在は、結婚式も簡略化され昔の言葉など薄れつつあるようですが、懐かしい言葉として、たもと酒 ・ あしいれ ・ 新客 ・ まな板ばらい・嫁さんよび等の言葉がありますが、今の若い人にはわからない言葉なのではないでしょうか。

2017年 6月
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