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八風街道

はっぷうかいどう

八風街道は近江商人が荷物を運び賑(にぎ)わった街道で、富田~平津(へいづ)~田光(たびか)~八風峠に通ずる『本街道』と、桑名~馬道~大社~梅戸~田光~八風峠に通ずる『脇街道』がありました。市内を通っていたのは脇街道でしたが、京都から桑名・尾張への近道なので、本街道よりも通行量が多かったそうです。
武士の往来では、近江の守護佐々木六角義賢(ろっかくよしたか)が北伊勢の柿城(朝日町)を攻めた話(弘治3年)や、織田信長の八風越え(永禄2年)の話、文化人では連歌師宗長(れんがしそうちょう)と京都の公家(くげ)山科(やましな)言(とき)継(つぐ)が通ったことなどが記録に残っています。他にも幕末に桜田門外の変で大老 井伊直弼(なおすけ)暗殺に加わった薩摩浪士の一人、有村治(じ)左(ざ)衛門(えもん)も琵琶湖を渡船し、八風峠を越えて梅戸の甚助(じんすけ)宿に一泊したという記録も残っています。
多くの人々の通行で賑わった八風峠の交通も室町~明治時代を全盛として衰退し、現在では当時のおもかげを偲ぶ坂道の一部と「梅戸番所跡」(簡単な関所)の碑がそれを物語っています。
・・・・・いなべ市情報誌Link「めざせ!いなべ通!!」から一部抜粋しました・・・・・

名称: 八風街道

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